⇒貧困の連鎖を断つ!
⇒高校就学支援
以下の文献を引用させていただきました。
(5)2011年3月11日
日本,韓国,台湾における若者貧困と社会保障
―福祉国家体制への示唆―
金 成垣
(東京大学社会科学研究所)
はじめに
最近,日本ではワーキングプアや「ネットカフェ難民」といった言葉に示されるように,
若者問題なかでも貧困問題が深刻な社会問題としてあらわれている.近隣の韓国でも「青年失業」や「88 万ウォン世代」といったような言葉で,若者の失業や貧困問題についての
さまざまな議論がなされている.日本や韓国ほどではないが,台湾においても全般的な景
気沈滞やそれによる失業者や貧困層の拡大のなかで,似たような状況がみられはじめつつ
ある.通常,もっとも働くべき者とされる若年層が失業や貧困などの生活困難に陥ってい
ることは何を意味するのだろうか.本稿においては,日本,韓国,台湾における若者の貧
困問題,そしてそれに対する社会保障制度の現状を検討し,とくにそれが各国の福祉国家
体制に対して示す意味や意義を考えてみることにする.
1 若者に広がる貧困問題
1.1 「ネットカフェ利用者調査」から
「ネットカフェ難民」という言葉が世間の注目を集めつつあった2007 年,厚生労働省
ではその問題の深刻性を認識し,それに対する調査をおこなった.その調査結果が「住居
喪失不安定就労者等に実態に関する調査報告書」(いわゆる「ネットカフェ利用者調査」)
というタイトルで発表されている(厚生労働省職業安定局2007).
同報告書によれば,
住居を失いインターネットカフェやマンガ喫茶などで寝泊まりしながら不安定就労に就いている「住居喪失不安定就労者」,いわゆる「ネットカフェ難民」が,全国で約5,400 人に上る.
彼(彼女)らの年齢分布をみると,
24 歳以下が39.5%,
25~34歳が36.8%で,
通常若者といわれる35 歳未満の若年層が全体の4 分の3 を超えている.
就業形態については,
派遣やパート,日雇いなどの非正規労働者が47.0%,
失業者が19.9%,
無業者が20.5%であり,
正社員も3.7%ある.
なお,収入の状況については,
たとえば東京の非正規労働者の場合(正社員,失業者や無職者を除く),
1 ヵ月平均11.3 万円で,
そのうち若年層(35 歳未満)のそれは13.2 万円と全体平均よりやや高い.
厚生労働省の毎月勤労統計調査の統計表一覧、季節調整済指数及び増減率11(実質賃金 季節調整済指数及び増減率、現金給与総額(5人以上))から(1月-3月)データを抽出
総務省統計局家計消費指数 結果表(平成22年基準)の、総世帯の家計消費指数のデータから、実質家計消費指数を抽出
この調査結果からすると,若者の貧困問題の典型ともいえる「ネットカフェ難民」は,
何らかの理由で職業を失ったり,あるいは非正規などの不安定雇用や低賃金労働の状態にあり,
そのため,住居を確保し安定した生活ができる十分な収入が得られないことから,貧困困状態に陥っていることが伺える.
(1)韓国:勤労者の4割、月給100万ウォン台>これが格差社会ですよ(2011年4月21日)
(昨年の給与労働者全体(1670万9000人)のうち、
月給が100万ウォン以上200万ウォン未満(約7万7000~15万3000円)の人が40.1%に当たる669万6000人
100万ウォン未満は16%)
(2)韓国4大卒の就職志望者 正社員就職は10% バイト40% 無職50%(2011年10月12日)
(2011年春に4年制大学を卒業した32万1740人の就業状況:バイトを含み、就職できた人のうち48.9%(7万362人)が、100万ウォン(約6万5000円)台の給与)
(上のグラフは、「OECDによる韓国の統計」から、
Employment rate in population aged 15-24の行のデータをグラフ化した)
貧困の概念やその判定基準についてはさまざまな議論があるが1,ここで仮に日本の生活保護制度の最低生計費(2007 年基準96,700 円:生活
扶助額83,700 円(20~40 歳)+住宅扶助額13,000 円)を貧困ラインとして考えると,
彼(彼女)らの賃金水準は,この貧困ラインをぎりぎり超える状況にあるといえる.
ただし,たとえば東京に居住する単身世帯の場合,
住宅扶助額として実際に支給される金額が53,700 円であるため,
そこで最低生計費は137,400 円へと上がり,
彼(彼女)らの賃金水準はこれを下回ることになる.
この「ネットカフェ難民」は,極端なケースと思われることもあるかもしれない.しかしながら,近年よくいわれるように,失業や不安定雇用の増加またそのなかにみられる低賃金労働の増加など,若年層をめぐる雇用状況の悪化を考えると,若者の貧困問題の深刻性はけっして見逃すことができないであろう.
そして,そのような雇用状況の悪化は,日本だけでなく韓国や台湾にもみられる.
日本,韓国,台湾の労働市場の全体的な状況については本書の他の論文で詳しく扱っているので,ここでは本稿の文脈にかぎって各国の雇用状況にふれながら,そこにあらわれている若者の貧困問題の現状をみてみることにする.
1.2 日本・韓国・台湾の概況
雇用状況の悪化
まず第1 に,
日本,韓国,台湾の失業率についてみてみよう2.
3 国とも,1980 年代まで
の高度経済成長期にはほぼ1~2%台の完全雇用に近い低い失業率を維持していた.ところが,日本の場合,1990 年代初頭のバブル経済崩壊後,そして韓国や台湾の場合は1990 年代末のアジア金融危機後に失業率が上昇しはじめ,最近には少し下がっているものの,日
本は4~5%,韓国は3~4%,台湾は4~5%と,以前の高度経済成長に比べて高い水準を維持している.とくに若年層(15~34 歳)の失業率の上昇は著しい.
失業率の推移のデータはここをクリックした先のページから得た。
(日本の自殺率には、「失業率が3.5%を超えると自殺率が増える」という法則があるように見える)
日本の場合,1990 年前後で3%台を維持していた若年層の失業率が2000 年代に入ってからは6~7%にまで2 倍以上上昇しており,
韓国の場合は4%台であったのが最近6%前後になっている.
台湾の場合
は日本と同様,3%台から6~7%まで上がっている.
国内の経済状況によって,各国におけ
る失業率の全体的な推移には少し異なる側面がみられるものの,若年層の失業率が他の年齢階層より高くより急激に悪化している点では共通している.
もちろん,最近の景気回復のなかでいずれの国においても,若年層を含む全体の失業率がやや下がる傾向にあるのも事実である.
しかしながら,若者をめぐる雇用状況の悪化は
景気の好転や失業率の低下によって解決できる問題ではない.
近年の状況からすると,働けないという失業問題より,働いても生活を維持しうるだけの所得が得られないという不安定雇用や低賃金労働の方がより深刻な社会問題としてあらわれているからである.
そこで第2 に,日本,韓国,台湾における派遣やパート,臨時雇いなどの非正規雇用の状況をみてみよう3.
1 貧困の概念やその判定基準に関しては,武川(2001:190-194)や岩田(2007:第2 章),Spicker
(2007=2008)などに詳しい.
2 以下で用いる失業率に関するデータについて次の統計資料を参考にしたものである.日本に
関しては総務省統計局『労働力調査』(各年),韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査』(各
年),台湾に関しては行政院主計処『人力資源調査統計』(各年).
各国において非正規雇用の定義や分類基準が異なるため,統一的なデ
ータを示すことは難しいが,いくつかの資料から各国の若年層にみられる非正規雇用の状況を垣間見ることができる.
まず日本の場合は,
15~34 歳の年齢層において,
1992 年には
賃金勤労者全体のうち15.8%にすぎなかった非正規雇用が,2007 年には31.9%まで2 倍以上増えている.
そのうち,パート・アルバイトは14.1%から21.1%へ,
派遣は1.7%から10.8%
へと増加している.
他方,韓国の場合は4,
同年齢層において,
1992年に賃金勤労者全体のうち,常用職が60.5%,臨時や日雇いが39.5%であったのが,2004 年には常用職は54.9%へと減少し,
臨時や日雇いは45.1%へと上昇している.
韓国では,2001 年から正規・非正規雇用という分類にもとづいた調査もおこなっているが,
この調査によれば,2007 年現在,15~34 歳の年齢層において非正規雇用が全体賃金勤労者の31.6%を占めているという.
ただしこれは政府の分類基準によるもので,
労働界の基準からするとこの年齢層における非正規雇用は5 割を超えている(韓国非正規労働センター,2007).
他方,台湾では,
2004年から全日時間労働(full-time job)と部分時間労働(part-time job)についてのデータを公表している.
それによると,
2004 年の若年層における部分時間労働の割合は,賃金勤労者
全体のうち1.3%であったが,2006 年には2.3%,2008 年には4.2%へと増加している.
全体からみた部分時間労働の割合は非常に低いが,これは,台湾の労働法制が正規雇用を前提
にしており,日本と韓国のようにパートや派遣労働など非正規雇用関連の法律がまだ整備されていないことに起因するとされる(上村,2007:58-59).
とはいえ,部分時間労働者
は年々増加する傾向にあり,
しかも行政院主計処の調査によると,全体の部分時間労働者
の4 割以上は学生などの若年層が担っているという.
ちなみに台湾では,近年の景気衰退
による失業者の増加や労働条件の悪化の問題を認識し,2008 年から,全日時間労働と部分
時間労働者の調査に加えて,非臨時・派遣労働(Non temporary or dispatched workers)と臨
時・派遣労働(Temporary or dispatched workers)についても調査をおこなっているが,
この
調査結果からすると,2008 年現在,15~34 歳年齢層の臨時・派遣労働の割合は5.8%であ
り,他の年齢層にくらべてもっとも高い.
第 3 に,
非正規雇用の増加については,単にそれ自体が問題であるとはいえない.
より重要なことは賃金の問題であろう.
非正規や不安定雇用の賃金についても3 国の統一的な
資料がえられないので,各国の状況がわかるいくつかのデータを示してみよう5.
まず日本において
正社員と正社員以外の賃金格差をみると,
2007 年現在,正社員以外の平均賃金
(192,900 千円/月)は正社員のそれ(318,200 円/月)にくらべて61.1%の水準になって
いる.
3 以下で用いる正規・非正規職の割合に関するデータは次の統計資料を参考にしたものである.
日本に関しては総務省統計局『労働力調査特別調査』(各年),『労働力調査詳細集計』(各年),
韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査』(各年),『経済活動人口調査付加調査』(各年),
台湾に関しては行政院主計処『人力運営調査報告』(各年)を参考にしたものである.
4 韓国における非正規雇用の分類基準や定義は次の通りである(『経済活動人口調査付加調査』).
(常用/臨時/日雇)
・常用:特別な雇用契約がなく期間が定められておらず持続して正規職員として働き,賞与・手当お呼
び退職金などの給付を受けるもの,または雇用期間が1 年以上の者.
・臨時:雇用契約期間が1 ヵ月以上1 年未満の者,または一定の事業完了の必要性から雇用される者.
・日雇:雇用契約期間が1 ヵ月未満の者,または一定した事業場がなく流動して働いて代価を得る者.
(非正規)
・時限的:雇用期間の定めはないが,持続雇用が期待されない契約社員
・期間制:雇用契約期間が定めされている者
・非典型:派遣などの間接雇用
5 以下で用いる賃金に関するデータは次の統計資料を参考にしたものである.
日本に関しては厚生労働省『賃金構造基本統計調査』(2007),韓国に関しては統計庁『経済活動人口調査付加
調査』(2007),労働部『事業体勤労実態調査』(2007),台湾に関しては『人力運営調査報告』
(2008).
韓国の場合は,
同年,
常用職(2,299,000 ウォン/月)と臨時(1,163,000 ウォン/
月)と日雇職(823,000 ウォン/月)の平均賃金の割合は100:50.6:35.8 であり,
正規職
(1,145,000 ウォン/月)と非正規職(2,027,000 ウォン/月)の平均賃金の割合は100:56.2
である.
他方,台湾の場合,
2008 年現在,
全日時間労働(39,689 元/月)と部分時間労働
(18,240 元/月)の平均賃金の割合は100:46.0,
そして臨時・派遣労働(40,194 元/月)
と非臨時・派遣労働(29,942 元/月)の場合は100:58.7 である.
概して,3 国とも非正規雇用の賃金水準は,正規雇用のそれの5~6 割前後の水準である.
貧困問題の広がり
日本,韓国,台湾における若者の雇用状況を簡単にみてみたが,以上のような失業や非
正規雇用また低賃金労働の状況におかれたといえ,それが直ちに貧困をもたらすわけでは
ない.
労働市場の外部において頼れる家族があったり,住む場所があったりすると,そう
はならないこともありうる.
また社会保障や各種福祉制度など政府の政策がうまく機能す
れば,貧困対策になるはずである.
しかしながら,そのような状況ではないがゆえに,近年,若者の貧困や生活困難の問題
が大きく注目を集めるようになっているのである.
周知のとおり,近年,日本ではワーキ
ングプアやより極端なケースとして「ネットカフェ難民」といった若者の貧困問題が重大な社会問題となり,
それに関する各界からのさまざまな問題提起,またそれによる調査や
研究が数多くおこなわれている.
冒頭で示した厚生労働省の調査はその1 つの例であるが,
非常に似たような状況が,近隣の韓国にもみられることは注目に値する.
韓国では,1990 年代末のアジア経済危機以降,新自由主義的な構造調整がすすむなか,
若年層をめぐる雇用状況が急激に悪化し,「青年失業」の問題についてのさまざまな議論が
なされるようになった.
とくに2007 年に若年層の失業や不安定雇用の問題を取り上げたある経済学者の『88 万ウォン世代』6(禹晰熏・朴権一2007=2009)という本がベストセー
ラーになり,
これをきっかけとして若者問題,なかでも貧困による生活困難の問題が大き
な社会的イシューとなった.
「88 万ウォン世代」とは大卒で非正規職につく20 代のことを
指す.
88 万ウォンが彼(彼女)らの平均賃金である7.
この賃金水準は,同書が刊行された当時の為替レートからすると約10 万円となり,
上述の厚生労働省調査のネットカフェ利
用者の平均賃金より低い.
東京とソウルの物価水準がほぼ同水準であることを考えれば8,間接的であれ「88 万ウォン世代」の生活困難の実態がうかがえるであろう.
先述したように,
韓国で15 歳から35 歳の全体賃金勤労者のうち非正規職は,最小にみても3 割,最大では
5 割を超えている.
6 この本は日本語訳が出版されている(禹晰熏・朴権一2007=2009).
7 「88 万ウォン世代」の平均賃金の計算式は次の通りである.非正規職平均賃金(2005 年:
1,190,000 ウォン)×20 代賃金勤労者平均賃金比率(2005 年:74%)=880,600 ウォン.
8 ここで東京とソウルの物価水準に関しては,組織・人事コンサルティングのマーサー・ヒュ
ーマン・リソース・コンサルティング株式会社による「世界生計費調査」を参考にした
(http://www.mercer.co.jp/).世界144 都市で海外駐在員の生計費調査によるものであるが,2006
年の調査結果では,東京が第3 位,ソウルが第2 位で,2007 年の調査結果では東京が第4 位,ソウルが第3 位になっている.9 内政部社会司(2007)によるものである.
他方,台湾においても
近年,貧困層の拡大が重大な社会問題になっている.
内政部の2007
年の調査によれば,
最低生計費以下の低所得世帯は90,682 世帯(220,990 人)と過去最大
となり,
全世帯のうち低所得世帯の占める割合は,2002 年にはじめて1%を超えて以来,
年々増加し,
2007 年には1.21%にまで上がっている9.
経済のグローバル化によって,多く
の製造業企業が生産拠点を海外(主に中国大陸)に移し,
台湾国内における雇用機会が急激に減少したことがその主な原因と指摘される.
この問題は,若年層より中高年層とその
家庭とより顕著にあらわれているものの(Li 2009),
先に述べたように,若年層において
も失業率や不安定雇用が増加していることを見逃してはならない.
以上のような状況にあって最近,日本のみならず韓国や台湾においても,若年層の失業
や貧困問題に対応するためのさまざまな制度整備や政策推進がすすめられている.
一般的
にいえばそこには,直接所得を保障して当面の貧困を救済するための社会保障政策と,雇用創出や就労支援をおこなって雇用機会を拡大するための雇用政策という2 種類の政策があると思われる.
次節では,主に前者の社会保障政策に焦点をおいて各国の現状をみてみ
ることにしたい.
後者の雇用政策については,社会保障とのかかわりで本稿の最後にふれ
る.
2 貧困対策としての社会保障
2.1 貧困問題と社会保障制度
若者の貧困問題に対する各国の対応を検討するに前に,その背景にあるものとして,資本主義社会における貧困問題,そしてそれへの対応策としての社会保障制度をめぐるやや
原論的な議論について若干ふれておこう.
資本主義社会における貧困問題
そもそも資本主義社会における貧困問題は,何らかの理由で働くことのできない,あるいは働いても生活に十分な所得が得られないことに起因するものであるといえる.いいかえれば,高齢や病気または障害などによるものを除けば,失業や低賃金労働が貧困をもたらすもっとも直接的な要因となる.この失業あるいは低賃金労働についてはさまざまな原因があるとはいえ,それらの問題は歴史的にも理論的にも資本主義市場経済に必然的に随伴するものとされてきた.
たとえば,産業革命後の19 世紀のイギリスでは,ほぼ10 年お
きに恐慌が発生し,そのたびに10%にも上る大量失業の事態が発生していたし,また20
世紀の両大戦の間が「危機の30 年」(加藤1989=2006:173)といわれるように,その時期,失業やそれによる貧困問題は先進資本主義社会において重大な社会問題となっていた.
マルクスやケインズ,またシュンペーターなど当時の多くの経済学者たちが各々の立場を異にしながらも,資本主義市場経済の必然的な産物としての失業や貧困問題に着目し,その解決にむけての議論を展開したことは周知のとおりである.
他方,最近,ワーキングプアという言葉から語られる低賃金労働や不安定雇用の問題も,新しいものと認識されることが多いが,じつはその歴史も非常に古い.
1 世紀も前におこなわれたブースのロンドン市の貧困調査やラウントリーのヨーク市の貧困調査は,まさに働いているのに貧しい状態に置かれている低賃金労働や不安定雇用の人々の生活実態を明らかにしたものである(岩田2007:17-21,武川2001:190-192).
このような資本主義社会における失業や低賃金労働の問題は,単に若者にかぎるもので
はないが,労働能力をもつもの,なかでももっとも働くべきものとされる若年層の貧困問
題を捉えるさいに何より重要な要因として考えておかなければならないのであろう.
公的扶助と失業保険の結合
もちろん今日にも,貧困に対しては個人の問題か社会の問題かといったイデオロギー的
論争がみられるものの,少なくとも,上述したような背景から先進資本主義諸国においては,それに対する国レベルでの何らかの対応策を講じてきた.資本主義の市場経済が生み
出す失業やそれによる貧困問題に対応するかたちで,20 世紀前半以降に多くの先進資本主義諸国でつくりあげてきた社会保障制度がその代表的なものといえる.
貧困問題とかかわって社会保障制度を考えると,通常,最後のセーフティネットといわ
れる公的扶助制度が浮かび上がる.しかしそれだけではなく,そこには社会保険制度,と
くに失業保険制度が深く絡み合っている(運営委員会1984:10-16,一圓1993:第2 章,
田多1994:序章,金成垣2008:63-66).
発生の起源からすれば,公的扶助と失業保険とは,前者が救貧制度として基本的に労働
無能力者を対象とし,後者は労働者を対象として,その役割も機能も異にしつつ相互に関
連ももたないまま別々に運営されていた.ところが,20 世紀前半のイギリスやドイツの経験を検証すれば明らかであるが10,恐慌などによる大量失業は,その長期化のため,失業保険制度の受給期間を超えた者を発生させ,それらの人々に対して,一般財源による公的
扶助制度から対処しなければならない状況をもたらした.
こうなれば,公的扶助制度は,
以前の救貧制度とは異なってその対象者に労働能力をもった者も含まなければならない.
すなわち,失業保険制度に加入している労働者が何らかの理由から職業を失った場合,一
定の期間は失業保険制度から給付を受けることができるが,その受給期間が切れても就業できず,なお低所得状況にあると,公的扶助制度を受けることになる.
このようにして失業者が,ある時には失業保険制度で,ある時には公的扶助制度で救済される状況が生まれ,
そのさい,給付条件や給付水準などで両制度は無関係ではありえず,そこで沿革も機能も
異なる2 つの制度が相互に深い関係性をもつことになる.
この公的扶助と失業保険との結
合あるいは連携によって,労働能力の有無に関係なく,個人(と家族)は市場に依存する
ことなく所得を確保し,(最低)生活を維持できるようになるのである.
社会保障制度が,
貧困や失業問題に対して脱商品化機能をもつといわれるのは,こういうことである.
10 イギリスについては,小川(1977)や一圓(1993:第2 章)など,そしてドイツについては,
戸原(1968)や加藤(1973)などを参照されたい.
歴史的にみると,失業保険制度と公的扶助制度との結合によって(それに年金や医療保
険制度などが加わり),脱商品化機能をもつようになった社会保障制度は,20 世紀前半あ
るいは戦後直後まで先進諸国で成立し,資本主義社会における貧困対策として核心的な役
割を担ってきた.
今日,グローバル資本主義の進展やそれによる新自由主義的な政策傾向
の蔓延のなかで,この社会保障制度の考え方が揺れ動いているとはいえ,その大枠は大き
く変わっていない.
たしかに,時期的な違いはあれ,日本,韓国,台湾においてもこの社会保障制度が整備
されており,それをもって国民の失業や貧困のような生活困難に対応するようになっている.
以上のようなことを背景にしながら,以下では,主に若年層に焦点をおいて日本,韓
国,台湾の失業保険制度と公的扶助制度の実態をみてみることにする.
2.2 日本・韓国・台湾における社会保障制度
失業保険と公的扶助の展開過程
まず各国における失業保険制度と公的扶助制度の展開過程を簡単にみてみよう.日本の場合,失業保険制度と公的扶助制度は,韓国や台湾に比べるとわりと早い時期に整備された.
戦後直後の経済混乱期に大量の失業者や貧困者の存在を目前にして,一方では,従来の救護法や母子保護法などの救貧制度にみられた労働能力の有無という給付条件をなくして新しい制度として生活保護制度をつくり(1946 年の旧生活保護法,1950 年の新生活保護法),
他方では,それまでなかった失業保険制度が創設された(1947 年の失業保険法).
その後,失業保険制度から雇用保険制度への法改正がおこなわれたり(1974 年の雇用保険法),
また生活保護制度においても細かい改正はあったものの,基本的には1940 年代後半から50 年代初頭にかけて整備されたこの両制度によって,失業者や貧困者が救済されることになっている.
韓国におけるこれらの制度の整備は日本よりはるかにい.1990 年代半ばまで失業保険
制度はなかったし,生活保護制度(1961 年制定)は児童や高齢者あるいは障害者など労働
能力を持たない者のみを対象としていた.1995 年に30 人以上規模の企業の被用者を対象
として失業保険制度が実施され(1993 年の雇用保険法),1990 年代末のアジア金融危機に
よる大量失業の状況のなかで,制度の対象範囲や給付水準が急速に拡大した.しかし当時
の大量失業やそれによる貧困層の拡大は,失業保険制度のみでは対応することができず,
また既存の生活保護制度も労働力のある者を対象としていなかった.そこで韓国政府は,
従前の生活保護制度を廃止し,労働能力の有無にかかわらず国民の最低生活を権利として
保障する国民基礎生活保障法を創設した(1999 年制定,2000 年実施)11.
また台湾の場合,公的扶助制度は,最初,社会救済制度として1943 年につくられ,そ
れが1980 年に社会救助制度へと変わり,1997 年の改正を経て現行制度にいたっている.
1980 年の改革において,従前の年齢や障害,災害などの貧困の原因による受給基準が,所
得水準による基準へと変わったものの,その所得の基準や貧困についての明確な定義が欠
けていたため,1997 年にはその欠陥をなくすべく,貧困ラインとして最低生計費を設定する改革がおこなわれた.
11 1990 年代末の韓国における社会保障制度の整備過程については鄭在哲(2005)や金成垣
(2008:第4 章)に詳しい.
この過程で貧困救済の基準が,貧困の原因ではなく貧困そのものとなり,制度上,労働能力をもった者をも含む普遍的な制度となった.他方,失業保険制
度については2000 年代まで待たなければならなかった.1990 年代に入ってからの高い失
業率や労働運動の活発化を背景にして,1999 年に従来の労工保険の枠内で失業給付を実施
することとなったが,2000 年代に入り,失業がより深刻な社会問題となるなか,それへの
対応のために独立した制度として就業保険制度を創設するにいたった(2002 年制定,2003
年実施)12.
日本,韓国,台湾にみられる制度展開の時間差や制度の細かい違いはともあれ(<表1
>と<表3>参照),今日,失業保険制度と公的扶助制度が連携して,失業やそれによる貧
困問題に対処することになっている.
本稿の問題関心からしてここで問題となるのは,これらの制度が実際,各国の若年層の
失業や貧困問題に対していかに対応しているかである.各々の制度の内容とその実態につ
いてみてみよう.
失業保険制度の実態
<表1>は日本,韓国,台湾の失業保険制度の概要をまとめたものである.3 国とも,
現行の失業保険(日本は雇用保険,韓国は雇用保険,台湾は就業保険)は,制度上,適用
除外者はあるものの,基本的にはすべての企業あるいはすべての被用者をその適用対象と
している.適用除外者に関しては,日本の場合,1 年未満の短期雇用のパートタイム労働
者(1 周間30 時間未満)や日雇労働者,そして韓国の場合はパートタイム労働者(1 ヵ月
60 時間未満,1 周間15 時間未満)が,制度上の適用除外者になっている.ただし日本にお
いては,パートタイム労働者に対しては「短期間労働被保険者」13として失業保険制度を
適用しており,また「短期雇用特例被保険者」や「日雇労働被保険者」への失業給付もお
こなっている.なお,台湾の失業保険制度においては,全日時間労働者であれ部分時間労
働者であれ,すべて被用者が適用対象となっている.
給付の種類には,失業時の直接的な所得保障である失業給付(いわゆる基本手当),早
期再就職への奨励金,教育訓練給付,育児や介護期間中の給付等々がある.このうち,基
本手当の内容をみると,日本の場合(求職者給付)は,失業前の1 年間6 ヵ月以上の被保
険者期間が給付条件となり,受給期間は被保険者期間と年齢により最大330 日になってい
る14.給付額は失業前の賃金の50~80%である.韓国の場合(求職給付)は,失業前の18
ヵ月間6 ヵ月以上の被保険者期間が給付条件となり,最大240 日まで給付が受けられる.
給付額は一律,失業前平均賃金の50%である.
なお,台湾の場合(失業給付)は,
失業前1 年間の被保険加入期間が条件となり,受給期間は最大6 ヵ月まで,給付額は失業保険の加入時に登録する標準月給の60%になっている.
12 台湾の社会保障制度についての日本語文献はイト・ペング(2001),小島(2003),曽妙慧(2003)
などがある.
13 ここでパートタイム労働者は,1 周間20 時間以上30 時間未満かつ1 年以上引き続き雇用さ
れることが見込まれる労働者と定義されている(北場2007:205-206).
14 ただし,自己都合ではなく勤務先の倒産や解雇による率業者の場合は,被保険者期間ととも
に年齢によって受給期間が異なってくる.これについての詳細内容は北場(2007:209)を参
照されたい.
<表1>日本,韓国,台湾の失業保険制度の概要
日本韓国台湾制度
(略)
以上のような制度内容からしてやはり問題となるのは,実際にどれほどの人々が失業保
険制度によってカーバーされているかであろう.<表2>は,各国の失業保険制度の適用
率をまとめたものである.これをみると,雇用形態の違いによって制度適用の状況が大き
く変わっていることがわかる.すなわち,日本の場合,正社員は99.4%とほぼ全員が失業
保険制度に加入しているのに対して,契約や派遣,パートなど非正規職への適用率は6 割
まで下がる.非正規職のうち,契約社員(79.0%)や派遣社員(77.1%)の適用率は比較的
高いものの,パート(56.4%)はほぼ半分,臨時雇い(28.7%)は3 割に満たない.
他方,韓国の状況も日本と似ている.正規職は9 割以上の加入しているのに対して,非正規職は
半分くらいしか加入していない.そのうち期間制(80.6%)や派遣(88.5%)はわりと高い
が,パート(28.3%)や時限制(24.6%),日雇い(31.7%)の適用率は2~3 割まで下がっ
ている.なお,台湾の場合は,雇用形態別の制度適用率についてのデータは得られないが,
賃金勤労者全体からすると,その適用率は76.6%にすぎず,日本や韓国に比べると低い水
準である.
既述したように,そもそも失業保険制度は失業前に一定の被保険者期間が給付条件となっていて,失業保険への加入機会が少なく被保険者期間が短い人々,たとえば長期失業者あるいはパートや臨時雇いなど若年層の非正規労働者は,その条件を満たすことができな
い場合が多い.この点とかかわって,雇用形態に焦点を当てた日本の若者のキャリアパタ
ーンをみてみると,この数年間,「正規→正規」あるいは「非正規→正規」は減少する一方,
「正規→非正規」あるいは「非正規→非正規」は持続的に増加しているが(樋口2007:232),
このように雇用の非正規化がますますすすむと,失業保険制度からの所得保障が受けられない人は増えるしかない.上で検討した各国の制度内容や加入状況からすると,非正規職
に就いている多くの若者にとって,失業は直ちに所得中断を意味し,そこで頼れる家族が
なかったり住む場所がなかったりすると,失業した場合すぐに貧困状態に陥る可能性が非
常に高いといえるのである.
公的扶助制度の実態
本来,社会保障制度の枠内であれば,失業保険の受給条件を満たさない,あるいは受給期間が満了し,なお低所得の状況にあると,公的扶助制度の対象になる.この公的扶助制度として日本の生活保護制度,韓国の国民基礎生活保障制度,台湾の社会救助制度は,そ
ういった役割を果たすはずである.これらの制度の内容と実態についてみてみよう.
<表3>に示しているように,3 国の公的扶助制度はいずれも,国の定める一定の最低
生計費以下の世帯に対して,生活扶助とともに住宅扶助,医療扶助,教育扶助などを提供
する枠組みになっている.もちろん,最低生計費の設定基準やその水準はそれぞれ異なる.
日本の最低生計費は,当該年度における一般国民の消費動向と前年度までの消費水準を考
慮する,いわゆる水準均衡方式によって算定される.この最低生計費の算定方式は,基本
的に相対的貧困の考え方にもとづいており,一般の消費水準のほぼ6 割で決まるという(岩
田2007:58).具体的な金額は地域や年齢,世帯員数などによって異なるが,2007 年基準
でみると,東京都居住の20~40 歳の単身世帯の場合,83,700 円である.
これに対して韓国においては,絶対的貧困の考え方にもとづいたマーケットバスケット
方式,すなわち生活必需品として設定された品目とその使用量によって最低生計費が決まる.地域や年齢ごとの違いはなく世帯員数によってその最低生計費が異なる.2007 年基準
でいうと,単身世帯の場合,435,921 ウォンである.
なお台湾の場合は,前年度該当地域の1 人当たり消費水準の6 割を最低生計費の基準と
しており,この意味において相対的貧困の考え方が採用されているといえる.2007 年の基
準でいうと,台北市の居住者の場合,その最低生計費は14,881 元になっている.
最低生計費の設定基準やその水準はともあれ,いずれの制度においても原則的には,老
齢や病気あるいは障害など貧困の原因を問わず,以上のような最低生計費の基準によって保護対象者が決まる.
<表3>日本,韓国,台湾の公的扶助制度の概要
(略)
ところが実際に各国における若年層の受給状況はどうであろうか.これを示す直接的な
データはないが,各国の制度運営における受給者状況,とくに労働力類型別あるいは年齢
階層別のそれをみると,若者をめぐる公的扶助制度の実態を伺うことができる.
まず,<表4>から日本の生活保護制度の労働力類型別と年齢階層別の受給状況についてみよう.2006 年度現在,世帯主あるいは世帯員が働いている世帯,つまり稼働世帯は12.6%にすぎず,87.4%は働いている者のいない世帯,つまり非稼働世帯である.この状況
を制度実施初期と比べてみると非常に大きな変化が読み取れる.すなわち1960 年には,稼働世帯は全体の受給者のうち55.2%と5 割以上を占めていたが,1970 年には3 割,1980 年代には2 割,そして1990 年には2 割を切って,2000 年以降には1 割を少し超えている状況が続いている.2000 年代に入ってこの数年,稼働世帯の割合が少し増えつつあるものの,
全体的には制度初期より非常に低い水準になっている.また年齢層別でみても,20~30 代の受給者の割合は制度実施初期に比べて非常に低くなっており,2006 年現在,全体受給者のうち1 割を切っている.
この1 割の受給者のなかに傷病や障害などの理由から所得が中断された人々が含まれていることを考慮すれば,労働能力のある20~30 代受給者の割合はもっと低くなる.
このような状況に対して,木下(2008:146-147)の次のような指摘は注目に値する.
すなわち「ドイツの求職者基礎保障制度,つまり18 歳から65 歳までの労働能力を持った要救助者に対する最低生活保障制度の給付受給者の中で,
2006 年4 月に,18 歳から25 歳の受給者数が全体の21%に及んでいることに比べると,
日独のさまざまな制度の違いを踏まえたとしても日本の若者の生活保護受給者数の少なさが目立つ」というのである.
今日,日本の公的扶助制度に対して「救護法の時代か」(井上2008:49)という批判が寄せられているのもそのためであろう.
<表4>生活保護制度の受給者状況
(略)
以上のような日本の生活保証制度の状況は,韓国の国民基礎生活保障制度においてもあらわれている.
<表5>は,韓国の国民基礎生活保障制度の受給現況を労働力類型別と年
齢階層別で示したものである.
これをみると,制度実施初期の2001 年には稼働人口が全体
の受給世帯全体のうち24.9%であったが,年々少しずつ減少して2007 年には22.1%になっ
ている.この稼働世帯の受給率は日本より高い水準ではあるが,それは,制度の経過年数が短く,1990 年代末の金融危機のさいに,そこで発生した失業や貧困に即対応するために
制度が創設されたため,労働能力のある多くの人々を保護しなければならなかったことに起因していると思われる.
なお,年齢階層別でみても日本の状況と変わらず,20~30 代の受給者割合は非常に低く1 割に満たない.
もちろんここにも障害や傷病による所得中断者が含まれる.このような状況のなかにあって,韓国の国民基礎生活保障制度についても,
「18 世紀,19 世紀の貧民法的原則が粗野な形態で残っていて,多数の貧困層が最低生活保障の対象から除外されている」(韓国学中央研究院編2005:248)という批判がみられるのが現状である.
<表5>国民基礎生活保障制度の受給者状況
(略)
他方,台湾の社会救助制度については,日本や韓国のような詳細資料は存在しないが,
内政部による「低収入戸生活状況調査」が間歇的におこなわれており,そこに労働力類型
別の受給者状況についての調査結果がある.<表6>は,1994 年,2001 年,2004 年のそれ
を示したものである.稼働人口と非稼働人口の受給者割合は,大まかにいえば韓国と類似
の状況であるが,台湾の社会救助制度の展開過程からするとそこには注目に値する点がみ
られる.すなわち,上記のように,台湾の社会救助制度は1997 年に改革がおこなわれ,受
給者選定基準が貧困の要因ではなく貧困そのものに変わったものの,この改革を前後とし
た労働力類型別の受給者状況にはほとんど変化がなかったことである.すなわち,この十
数年間,全体受給者のうち稼働人口の割合は4 分の1(1994 年:24.3%→2001 年:24.3%→
2004 年:24.2%),そして非稼働人口は4 分の3(75.7%→75.7%→75.8%)の水準を維持し
ている.これは,イト・ペングやKu が指摘しているように,1997 年の制度改革にもかか
わらず,実際の制度運営においては根本的な変化がなかったことを意味するものである(イ
ト・ペング2001:18,Ku 2003=2007:152).とくに制度申請の入り口で,労働能力の有
無という基準について審査の壁が非常に高く,「救貧法時代にみられたような『救助に値す
る貧困者』(deserving poor)と『救助に値しない貧困者』(undeserving poor)との区分」が
貫徹されているのが,台湾の社会扶助制度の現状といわれている(孫健忠2000:8).
日本,韓国,台湾において,高齢化の進展や家族機能の弱体化のなかで高齢者世代の無年金問題や貧困問題が顕在化しつつある今日,公的扶助制度のなかに労働能力のある就労可能な若年層の割合が少ないことはある意味で当然なことといえる.しかもどれくらいの
割合であれば妥当かといった基準もじつはない.しかしながら少なくとも,上記のドイツ
の「求職者基礎保障制度」(Arbeitslosengeld)だけでなく,フランスの「参入最低限所得」
(RMI)やイギリスの「所得調査制求職者給付」(Income-based jobseeker`s Allowance)など,
就労可能な若年層が受けられる給付制度を公的扶助とは別枠で整備している国が少なくな
いことを考えれば(岡2004,杉村2007:90-93,OECD 2007=2008),公的扶助制度のみ
からの貧困対策になっている日本,韓国,台湾の以上のような制度的現実は,あまりにも
厳しいといわざるを得ないのであろう.
3 福祉国家体制への示唆
3.1 社会保障より就労支援に重点がおかれる貧困対策
以上,日本,韓国,台湾における若者の貧困問題の現状を簡単にみた後,それに対する
各国の対応について社会保障制度,とくに失業保険制度と公的扶助制度を中心としてその
実態を検討してきた.そもそも失業保険制度と公的扶助制度は,その連携あるいは結合の
なかで失業や貧困などの生活困難に対処するために作られたものである.しかしながら,
失業保険制度においては,主に正社員などの正規雇用者が制度の主体となり,失業という
リスクにさらされやすいパートや臨時雇いなどの非正規職はむしろそこから排除されてお
り,また公的扶助制度においても,労働能力の有無など審査基準が高い壁となり,若年層
を含む現役世代の貧困が受け止められにくい仕組みになっている.このような状況からす
るかぎり,日本,韓国,台湾の社会保障制度は,若者の貧困問題に対して十分に機能して
いるとはいえないのが現状であるといえる.
このような現状の背後には,そもそも資本主義社会においてもっとも働くべきものとさ
れる若年層に対して,できるだけ市場内で働くことができるようとする,いうならば「社会保障より就労支援」という考え方があると思われる.たしかに,近年の若者問題への各
国の対応策をみると,社会保障より就労支援に焦点をおいた政策がより積極的に推進され
ている.
たとえば,日本の場合,2003 年の「若者自立・挑戦プラン」の樹立によって若年層のた
めの雇用政策が本格的にスタートして以来,2004 年には同プランの効果性を高めるために
「若者自立・挑戦のためのアクションプラン」を策定し,また2006 年には同プランの改正
とともに,「再チャレンジ支援総合プラン」を策定するなど,就労支援や雇用機会の確保の
ための積極的な政策がおこなわれてきている.具体的なものとしては2006 年に「フリータ
ー25 万人常用化プラン」,2008 年にはそれにひきつづく「フリーター35 万人常用雇用化プ
ラン」などがある.さらに「ジョブカード制度」15の実施,また全国各地における「若者
自立塾」や「地域若者サポートステーション」の設置など,職業・生活訓練とかかわる諸
施策も積極的におこなわれている.
韓国の場合は,1990 年代末のアジア金融危機のさいに若年層の雇用状況が急速に悪化し
たことをきっかけとして,1998 年の「高学歴未就業者対策」をはじめ,1999 年の「政府支
援インターン事業」,2001 年の「青少年失業総合対策」など若年層のための雇用政策が推
進されるようになった.2000 年代に入ってから,「IMF 危機の早期卒業」といわれたよう
に,全体的な景気はある程度回復したものの,若年層をめぐる雇用状況が改善されず,そ
こで政府は,2003 年の「青年失業総合対策」や2005 年の「青年雇用促進対策」,そして2007
年の「青年失業補完対策」等々,金融危機の際の臨時的な対応策を超えて中長期計画にも
とづく多様な就労支援,教育・訓練政策をすすめてきている.
台湾の場合は,既述したように,近年の雇用状況の悪化は若年層の問題というより,む
しろ中高年の問題としてあらわれ,その対応策も主に中高年に焦点がおかれてきた.2001
年にスタートした「持続可能な就業計画」や2002 年からの「多元就業開発方案」がその代
表的な政策である.しかしより最近になり,若年層に焦点をおいた政策を推進するように
なった.たとえば,2006 年には主に低学歴や学校中退者また低所得層家庭の学生などいわゆる「弱勢青少年」に就労支援をおこなうための「飛young 計画」(2008 年から「職場学習と再適応計画」に変更)を推進し,他方で,「弱勢青少年」のみならず一般の若者を含むかたちでの「青少年就業研習計画」をも推進している.また上述の「多元就業開発方案」は,最初は中高年層の就業支援のための制度としてスタートしたが,現在では若年層も参加者全体の30%を占めているという16.
15 これは,「フリーター等の職業能力を形成する機会に恵まれない人を対象に,企業での実習
と座学を組み合わせた訓練を提供し,訓練就業者の訓練結果や職務経歴の情報をジョブカード
としてまとめ,求職活動などに活用する制度」である(厚生労働省2008:103)
以上のように,各国では若年層を含む現役世代の就労支援や雇用機会の拡大のために多様な政策が活発におこなわれているのに対して,社会保障の分野においては制度拡充や充実を試みる改革展開があまりみられていない.むしろ社会保障制度の枠内においても就労支援により重点をおいた政策展開が目立つ.たとえば,日本では1998 年に雇用保険制度の
なかに新たな給付として教育訓練給付が導入され,また生活保護制度においても,母子家
庭の就労支援にみられるように就労意欲を促す方向への制度改革がおこなわれている.最
近の障害者自立支援法からも同様の文脈が読み取れる.また韓国や台湾の失業保険制度の
場合も,最初の制度設計の段階から教育訓練給付や就業促進給付が設けられたし,公的扶
助制度においても,韓国では1999 年の国民基礎生活保障法の制定段階で自活給付という条
件付き条項が導入され,台湾では1997 年の社会扶助制度改革において労働能力のない者に
関する受給規定を厳しくする措置がおこなわれた.
近年,日本の社会保障制度の展開過程に対して「保障から支援へ」という公的責任の後
退傾向に対する批判がなされたり(井上2008:46),また「支援早めて自立を後押し」と
いうような考え方からの改革提言がなされたりするが(朝日新聞2009 年2 月8 日),この
ようなことから伺える社会保障制度の実態は,日本だけでなく韓国や台湾においても同様
であるといえよう.
3.2 雇用保障の前提としての社会保障
もっとも資本主義市場経済のメカニズムからすと,労働力の脱商品化を基軸にする社会
保障制度は,それだけでうまく機能することはできない.いうまでもないが,給付やその
ための財源確保など制度運営に対して政府が無制限的な能力を持つことはそもそもありえ
ず,失業が慢性化すると,この制度は財政的に破綻してしまいがちであるからである.モ
ラール・ハザードやフリーライダーといった問題も起こりうる.そのため,できるだけ失業者や貧困者が市場で自立して生活を維持するように,いいかえれば,労働の商品化のた
めの何らかの対策が取られることは当然であるといえる.
たしかに歴史的にみると,多くの先進資本主義諸国においては,直接所得を保障して当面の生活困難を救済するための社会保障制度と,仕事を提供したりあるいは賃金などの労
働条件を保障するための雇用保障制度を2 大支柱として,失業や低賃金労働などの不安定
雇用またそれによる貧困問題や生活困難に対応してきた.よくいわれるように,20 世紀前
半から戦後直後にかけて,先進資本主義諸国で共通して作り上げてきた福祉国家体制とい
のは,まさに社会保障制度と雇用保障制度を両軸したものである(Mishra 1990:123-124,
田多1994;9-24,宮本,2008:第1 章).それぞれの国における国内状況や国際環境によ
って,雇用保障制度の方に重点をおいて福祉国家体制を整備してきた国もあれば,社会保障制度をより重視しながら福祉国家体制をかたちづくってきた国もあるが,少なくともこの福祉国家体制のなかに,労働力の脱商品化のための制度とその商品化のための制度とが1 つのセットになっていることには変わりがない.
16 台北市労工局就業服務中心のインタービュ(2008 年11 月5 日)による.
ただし,福祉国家体制の再編がいわれている今日,多くの国々においては,労働力の脱商品化のための社会保障制度はその縮小あるいは抑制の圧力にさらされ,その代わり労働
の(再)商品化のための雇用政策,より正確にいうと「雇用志向」(employment-oriented)
や「福祉から労働へ」(welfare to work)といったいわゆるワークフェア政策が,制度改革
の核心戦略となっている.この背景には,1980 年代以降の低成長時代における経済情勢や
雇用状況の悪化があったり,また冷戦時代の終焉後における経済のグローバル化による国際競争の深化があったりするが,いずれの要因も社会保障制度における財政支出の削減圧
力となり,それが雇用志向のワークフェア的政策傾向を強めているのである.
ここで日本,韓国,台湾における若者の失業や貧困問題に戻ると,すでに言及した通り,
社会保障制度より就労支援や雇用確保といった雇用政策に重点をおいた対応策が目立つ.
ワークフェア政策を中心とする世界的な福祉国家体制の再編戦略がそこに反映されている
といえる.雇用を重視する考え方それ自体は悪いことではないが,今日の状況からするかぎり,そのワークフェア政策にはそもそもの困難があるように思われる.というのは,上述したようにワークフェア政策の興隆の背景には,経済情勢や雇用状況の悪化があるが,
ワークフェア政策の推進は,若者の失業・貧困問題をその悪化した雇用の側に投げ返えすことになるからである.つまり,問題が投げ返される側はすでに低成長によって雇用状況
が悪化したり,また激しい国際競争のなかで労働コストの削減圧力にさらされている状況
になっているのである.第1 節で検討した日本,韓国,台湾の若年層にみられる非正規労働や低賃金労働の増加などがその現実を示しているが,そこに問題を投げ返しても,それ
だけで問題の解決にはならないのは当然であるといえよう17.
今日,日本,韓国,台湾でおこなわれている若者の雇用政策に対して,「非正規雇用形
態を容認する以上,代わりに準備すべき,相応しい補完措置を公的責任に基づいて準備す
る必要がある」(日本)といった問題提起や,また「政府の行政インターン制度はむしろ非
正規雇用を増やす,いわば『非正規量産政策』になっている」(韓国),「職場学習や教育訓
練制度に参加した多くの若者は,労働市場の厳しさを覚え,就業を選択せず進学するケー
スがほとんどである」(台湾)といったような状況がすでにあらわれている18.これは,雇用政策だけの問題解決策の困難さを示しているものに違いない.各国の福祉国家体制が,
若者の失業や貧困問題に積極的に対応しようとすればするほど,労働の(再)商品化のた
めの雇用政策の推進はその前提として,労働の脱商品化のための社会保障制度を求めるこ
とになるのではないだろうか.ここに今日の若者問題に対する福祉国家体制の新たな政策
課題があるといえよう.
本稿では,主に社会保障制度を中心に日本,韓国,台湾の若者問題をめぐる状況をみてみたが,今後,社会保障制度と雇用保障制度との関係,またそこから見いだされる福祉国
家体制の新たな再編戦略についてさらなる分析を行うことを今後の課題と指摘し,ここで
ひとまず論を閉じることにしたい.
17 このような問題提起は武川編(2008)と埋橋編(2008)に大いに負っている.とくに武川編
収録の【座談会】と【座談会補論】,そして埋橋編の序章など.
18 ここでは引用は,日本については脇田(2008:68),韓国については京郷新聞(2009 年1
月9 日)や,そして台湾については台北市労工局就業服務中心のインタービュ(2008 年11
月5 日)によるものである.
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『図表でみる世界の最低生活保障――OECD 給付・賃金インディケータ』明石書店).
Spiker, Pual, 2007, The Idea of Poverty, Policy Press(=2008,圷洋一監訳『貧困の概念――理
解と応答のために』生活書院).
(コメント)
以上のように、福祉を充実させることが急務です。
しかし、一方、貧困や逆境の中を生きる1つの道は、夢を描いて創作活動をすることと考えます。
創作物は、人の心に感銘を与えられるまで成熟させたら、その作家に収入をもたらし、貧困から脱出することができるからです。
その創作を行わせる表現の自由は、国家の存在価値のために無くてはならないものと考えます。
スウェーデンのように福祉が発達して貧困の害を無くした国でさえ、表現の自由を侵害したら、国の治安に大きな損害を受けたようだからです。
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